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社団法人日本電気技術者協会 電気技術解説講座 文字サイズ変更ヘルプ
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正弦波交流のベクトル(フェーザ)表現と複素平面 東京電気技術高等専修学校 講師  福田 務

正弦波交流回路の電圧、電流は、本来、瞬時値計算しなければならないが、定常状態に限って言えば、系統各部の電圧、電流の大きさの比、位相差は一定である。この性質を利用することにより、正弦波交流回路の瞬時値をベクトルに置き換えれば計算が簡単になる。ここでは、瞬時値のベクトル表現と複素平面での表示方法を解説する。
※テキスト中の図はクリックすると大きく表示されます

01.ベクトルは交流波形のプロフィール

 交流回路で取り組まなければならない主な計算は、抵抗、コイル、コンデンサなどの素子が組み合わさった回路に正弦波交流電圧を加えたとき、回路にどのような電流が流れるか、あるいは素子の端子間にどのような電圧が生ずるか、また発生する電力はいくらかなどを調べることが中心となる。
 ここで主役は電源となる正弦波交流電圧であるが、一般的に回路に加えた電源電圧の波形と、回路に流れる電流の波形とは重なり合うことはなく、進みあるいは遅れのずれが生じている(位相差がある)。このことが直流回路の計算と比べてみると、交流回路の計算を面倒にしている。
 このように交流回路では、電流と電圧の波形のずれがあるため、このことを考慮して計算の中で取り扱わないと、矛盾が生じて正しい答は得られない。
 どのように考慮すればよいのかということになるが、一つの方法は、電圧や電流をベクトルに変換するというテクニックを使うことである。つまり、ベクトル計算という手法を用いることによって、瞬間瞬間に大きさや方向が変化する複雑な交流波形を簡単化してしまうのである。いわばベクトルは交流波形のプロフィール(横顔)による処理というわけである。


02.ベクトルとは何か、またベクトルをどう読むか

 一般に大きさと方向をもつ量をベクトル量という。すなわち、ベクトルは、矢印を用いてどの位置で、どのような向きに、どれだけの大きさをもっている量なのかを簡単に表現したものと考えてほしい。このようにベクトルはある長さをもった直線と矢印で表すが、大別すると、位置ベクトルと回転ベクトルがある。圧力や速度は位置ベクトルの仲間に入るが、正弦波交流は回転ベクトルの仲間に入る。
 位置ベクトルは容易に想像できると思うが、正弦波交流がなぜ回転ベクトルなのかということついて説明を加えておこう。
 第1図の矢印で示された基準ベクトル formula001formula001 を反時計方向に回転させる。この回転ベクトルの円周上の位置を投影したものが高さ formula002formula002 であり、 formula003formula003 の変化をそのつど追って描いていくと右側に示した正弦波曲線になる。
 つまり、回転ベクトルは正弦波形で表されるし、逆に正弦波形は回転ベクトルで表されるといえる。
 いま、回転ベクトルの角速度(1秒間に回転する角度)を formula004formula004 〔rad〕とすると、基準ベクトル formula005formula005 が出発点から formula006formula006 〔s〕後に進んだ回転角は formula007formula007 〔rad〕となる。したがって、回転角と formula008formula008 の位置を示す高さ formula009formula009 との関係は、第1図中の直角三角形から次式のようになる。
formula010
formula010
 ただし、 formula011formula011 :最大値
  formula012formula012 は時間 formula013formula013 の関数であるから、これを瞬時値といい、回転ベクトルの大きさ(絶対値) formula014formula014formula015formula015 であるから最大値を示す。
 回転ベクトル formula016formula016 の出発点の位置は、ある瞬間を示す一つのベクトルであるから、どこであってもよい。例えば、ベクトル formula017formula017 に対する formula018formula018formula019formula019 の場合は次のようになる(第2図参照)。
 正弦波交流波形はこのように波形の最大値をその長さとする回転ベクトルで表されることが理解できたと思う。また、交流回路に加わる電圧と電流の波形の位相差が生じている場合も、第3図に示すように、波形の変化と回転ベクトルが対応する。要は、波形からベクトルが描けること、瞬時値の式からベクトルが描けることをつかんでほしい。
 実際に交流回路で計算を行う場合には、回転ベクトルのある状態を捕らえて、静止ベクトルとして扱い、またベクトルを描く場合、波形の最大値でなく、実効値でその大きさを表すことにしている。
 では、具体的に交流回路に抵抗 formula020formula020 〔Ω〕、自己インダクタンス formula021formula021 〔H〕、コンデンサ formula022formula022 〔F〕などの素子が入った場合、各素子それぞれに加わる電圧と電流の波形の様子を探ってみることにしよう。
 


03.交流回路の計算テクニックの前提となるもの

 どのような交流回路の計算を行う場合でも、次に述べる formula023formula023formula024formula024formula025formula025 各素子について、それぞれ加わる電圧と、素子を流れる電流の波形の関係及び波形とベクトルの表現方法を認識していることが大切である。

 (1) 抵抗素子 formula026formula026 に対する電圧と電流の関係

 第4図(a)に示す抵抗 formula028formula028 に対しては、 formula027formula027 の両端に加わる電圧 formula029formula029 の波形と、流れる電流 formula030formula030 との波形の間には、 formula031formula031 の性質上ずれがおきない(位相差がない)。
 したがって、(b)図のように両者の波形を、単純な2本のベクトル図として表現してよい。
 

(2) 自己インダクタンス素子 formula032formula032 に対する電圧と電流の関係

 第5図(a)に示す自己インダクタンス素子 formula033formula033 に対しては、 formula034formula034 の両端に加わる電圧 formula035formula035 の波形と、流れる電流 formula036formula036 の波形との間には、 formula037formula037 の性質上、電圧の波形は電流の波形よりもπ/2〔rad〕進む(位相差π/2が生じている)。
 したがって、(b)図のように両者の波形をベクトル表現する場合、基準ベクトル formula038formula038 に対して、π/2( formula039formula039 )遅れた電流 formula040formula040 を描きベクトル図として表現する。

(3) コンデンサ素子 formula041formula041 に対する電圧と電流の関係

 第6図(a)に示すコンデンサ素子 formula042formula042 に対しては、 formula043formula043 の両端に加わる電圧 formula044formula044 の波形と、流れる電流 formula045formula045 の波形との間には、 formula046formula046 の性質上、電圧の波形は電流の波形よりもπ/2〔rad〕遅れる(位相差π/2が生じている)。
 したがって、(b)図のように両者の波形をベクトル表現する場合、基準ベクトル formula047formula047 に対して、π/2 ( formula048formula048 )進んだ電流 formula049formula049 を描き、ベクトル図として表現する。
 以上、 formula050formula050formula051formula051formula052formula052 それぞれの素子に加わる電圧と、流れる電流について、ベクトルでどう表現するかについて説明した。これは基本となるものであるから、きちんと理解しておく必要がある。しかし、実際の交流回路ではこれらの素子が単独で現れることは少なく、組み合わさった場合が多い。直列回路、並列回路の場合のベクトルはどのようになるかについては、今回の基本事項を踏まえて「ベクトルの手ほどき(2)」で扱うことにする。
 


04.「エリーを愛す」とは「ELICE」と覚えておこう

 この言葉は一種の語呂合わせである。交流回路の計算に盛んに出てくる記号といえば、 formula053formula053 (電圧)、 formula054formula054 (インダクタンス)、 formula055formula055 (電流)、 formula056formula056 (静電容量)などである。交流回路の計算の学習の手始めに習うのが、 formula057formula057formula058formula058 のベクトルによる取り扱いである。
 ところが、回路を見てベクトルを描こうとすると、 formula059formula059formula060formula060 を流れる電流 formula061formula061 に対して、 formula062formula062formula063formula063 の両端に生じる電圧 formula064formula064 はどちらが formula065formula065 進むのか、遅れるのか迷うことがある。特に学習を始めた頃、そんな経験をもったことがないだろうか。このような迷いが生じたときに、「エリーを愛する」という言葉を覚えておくと大変便利である。そのわけを説明しよう。
 ここで formula066formula066 は、エリーと読む。このアルファベットの formula067formula067 は電圧、 formula068formula068 はコイルのもつインダクタンス、 formula069formula069 は電流を意味する。肝心なのは、このアルファベット formula070formula070 の順序である。 formula071formula071 をはさんで formula072formula072formula073formula073 より左側(前)に位置している。つまり、ベクトルを描く場合に、 formula074formula074 が単独に存在するとき、電圧 formula075formula075 は電流 formula076formula076 よりも formula077formula077 進んでいる(前)と覚えるのである。
 また、 formula078formula078 は、愛すと読む。このアルファベット formula079formula079 の順序を見ると、 formula080formula080 (静電容量)をはさんで formula081formula081formula082formula082 より左側(前)に位置している。つまり、 formula083formula083 が単独に存在するとき、ベクトルを描く場合には電流 formula084formula084 は電圧 formula085formula085 よりも進んでいる(前)と覚えるのである。
 「ELICE」というアルファベットの並びに「を」をはさんで「エリーを愛す」と覚えておくと交流回路のベクトル図を描く場合、便利な語呂合わせになることに気がついていただけただろうか。